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遠くから見ると上手いんだよ?
……っていう罠

アレン・ウォーカー



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金髪の人がピオニー陛下で、茶髪の軍人がジェイドという名前だそうで。
さっき外で言ったでしょう?と馬鹿にされました。
パニック状態で分からなかったんですよ。すみませんね!

「あの、ところで結局此処はどこですか?」
やっと嫌味を聞き終え、なんとなく向かいの一人掛けソファに座り直した。
目の前に美形がいると眩しくて直視出来ませんね、これは。
「あなたの質問に答える前に、こちらからも聞きたいことが」
「あ、はい。なんですか?」
「あなたの生まれた国はどこですか?」
「……日本ですけど」
そう言ったらピオニーだけ首を傾げた。ジェイドの表情は変わらずで。
多分外国なんだろうけど、聞いたことない国だったらどうしよう。
不法滞在で捕まりたくはないなぁ…

「ニホン、ですか」
「知ってるんですか?」
「いえ全く。…マルクト、キムラスカ、グランコクマ、バチカルの中で聞いたことのあるものは?」
あー完全に知らないとこに来ちゃったわ、これ。
地理弱かったんだよね、あたし…
「って、地図あるじゃん!」
「地図?」
「あっ、ここ日本です…けどマルクトとかはないですねぇ…」
友達に借りたままの世界地図があってよかった。
でも索引探してもマルクトなんてないんだよね…。地図にもない小国なのかな?
まぁこれを見たことないわけは無いよね!頭良さそうだし!

「うっわ、なんだこれ。初めて見るな…つーかなんて書いてあんだ?」
「へ?」
「私も初めて見ましたよ」
「え?」
待って待って。教養ありそうだと思ったのは気のせい?
だって英語でも小さくだけど書かれてるのに。
「言っておきますが、一般教養以上のものは二人とも身についてますよ」
「ですよね」
っていうか心読まれた!?こんな顔してエスパーだったの?
「失礼な人ですね。まぁいいですが、どうやらリクはこの世界の人間ではなさそうです」
「「えぇ?」」
あ、ハモった。
「ジェイドが壊れた!こいつがそんなファンタジックなこと言うなんてっ」
って、そっちかい!

「壊れてません。その方がつじつまが合うし楽なんですよ。
服の材質も違うようですし、リクはフォニック語も読めないみたいですから。
それに先程貰った目薬からは、フォニムが感じられませんでした。
言葉は通じるようですが、私も彼女の国の文字は読めませんでしたし」
「「なるほど」」
「…それにキムラスカの密偵だとしても、こんな間抜けな人間を寄越すはずありませんし」
………嫌味だ。
美形だからってなんでも許されると思うなよ!
かっこいいけど!
「そんで?こいつどうするんだ?」
「そうですねぇ」
突然矛先が向けられ、どうなるんだろう、と他人事のように思った。

「…ま、私が悩んだところでもう決めているんでしょう、陛下」
「おう!」
「決めてるって…?」
聞き返せば、にかっと笑った。
うわ、その笑顔やばいよ。キュンとしちゃったじゃん!
「俺の庇護下に置いてやるよ。安全も生活も保障出来るぜ」
「……はぁ」
「んだよ、その気のない返事~」
気のない返事と言われても。なにがなんだか分かるような分かんないような…
庇護下って確かピオニーって陛下だったよね。一番偉い人だよね。
そんな簡単に決めていいものじゃないよねぇ…
人間一人生活させるのがどれだけ大変かは知ってるつもりだし。
「えーと、有り難いのですが」
「お断りしますってか?だーめ。
そんなのこっちがお断りだっつの」
「や、でも」
「それなら、リクはどうやってこの世界で生きて行くつもりですか?
会話は出来ても文字の読み書きも出来ない、お金もない。
何より身寄りがいない。
そんな状態では野垂れ死にするだけですよ」
「分かってますけど…」
「あー!だって、も、でも、も、だけど、も禁止!
リクは素直に俺らに甘えてればいーの。
皇帝命令だ。分かったな」

命令って…。
でもどうしよう。確かにジェイド(さん)の言う通りなんだよね。
……ここで分かりませんって
「分かりませんなんて言ったら、お仕置き、ですよ?」
「う…」
そんな胡散臭いくらいの満面笑顔で言わないでっ!
なんかもの凄く恐い、じゃない怖い!

あー…もう観念してしまおうかな

「…、…あったか…い」
え?暖かい?なんで?だってベッドに入ったんだから、もう朝のはずだよね。
確かに起きたんだけどなぁ…。あれは夢?
早く学校行って英語の勉強しようと…
「もしかして寝坊した!?」
そう声に出してベッドから跳ね起きた。と思った。
「……え?」
目を開けてまず最初に入ったのは、自分の膝にある金髪。
続いて右側の温もりと、青くボタンの多い軍服。その人の手は陸の腰に回っている。
上手く頭が機能しない。
此処何処ですか。というかこの人たちは誰ですか。
しかもこの状況じゃ動くに動けない。
唯一自由な頭を動かして、とりあえず時間を確認しようとした。
のだけど。
「ナニゴデスカ、アレ…」
見つけた時計には奇怪な文字が綴られていた。
全く読めなかったが、見慣れている数字を適当に当て嵌めて3時ということにした。
……3時って!!
だって朝…、え?学校に行く途中だったのに!むしろあれが夢?
あ、駄目だ。わかんなくなってきたよ。

「ん~~っ」
その声に陸は身動きを止め、自分の膝にいる人物を見る。
彼は器用に寝返りを打ち陸に擦り寄った。
無邪気としか言いようが無いその寝顔に、思わず笑みが浮かぶ。
なにこの可愛い顔!!
褐色の肌が健康そのもので子供っぽい印象を受けるが、手や喉は男だった。
なんとなく頬を撫でると、男性とは思えない程ツヤツヤで羨ましい。
髪の毛も綺麗だし。
くすぐったそうに身をよじるから面白かった。
暫くそうしていると、首に何かが触れた。
なんだろう、と振り返ると目の前に顔があった。
しかも飛び切り美人の。 思わず目を擦って現実のものか確かめてしまう。
膝の彼とは対象的に雪のように真っ白な顔で、不健康にみえる。
綺麗、とか美人という言葉が似合う人だ。
男がこんな美人だと不公平な気がしてならない。
肩にかかる茶髪のそれは傷みが全く無かった。
つい、一束手にとってまじまじと見つめてしまう。
コンディショナーは何を使っているんだろう。
というかどんな手入れをしたらこうなるの?
切実に教えてよ。
ぱっ、と手を離すと、茶髪の彼と目が合った。 

「私に見惚れていましたか?」
「え、うん。いや、はい」
反射的にそう返すと驚いたような顔をされ、そのあと微笑んだ。
わー美人、と心の中で感動しそのあとふと我に返った。
「開口一番にそれって珍しいですね」
だって自分よりも遅く起きたのに。
さらっとキザな台詞を言えちゃうなんて日本人には考えられないよ。
「…面白い人ですねぇ、リクは」
髪を触りながら、頬を撫でられる。
まさに神業だった。だってごく自然にそういうことが出来るんだもん。
そうして気付く。お互いの距離が近いことに。
それを意識した瞬間、顔が真っ赤になって勢いよく離れた。 
途端に、膝の上から金髪の彼が転げ落ちる。鈍い音がした。 

「いて…ぇ」
「あっ、ごめんなさい!」
「頑丈ですから平気ですよ」
ソファから落ちないように身を乗り出して、床にいる彼に声をかける。
すると起き上がってくれたのでほっとした。んだけど。
痛い、を連発しながら頭を擦っている。
「大丈夫ですか?!どこ当たりましたか?」
「へ?」
体勢そのまま彼の頭を掴んで、ぐいっと引き寄せる。
後頭部に触れて感覚で確かめても、一応こぶらしきものはなかった。
良かったぁ。怪我してたらどうしようかと思ったよ。
ほっと息を吐くと、目の前にある眼に凝視されていた。綺麗な蒼だ。
「きれー」
「…いや、俺はいいんだが。なんか近くないか、リク?」
なんで自分の名前を彼らが知っているんだろうと思いつつも、彼の言葉の意味を考える。
近い?そーいえば顔全体が辛うじて見える状態だけど…。
「キスでもするつもりですか?」
「!」
その言葉を理解して、軍人さんにした様に勢いよく離れる。
顔には再び熱が集まっていた。
ひ~、熱いよぉ!
ていうか大胆すぎでしょ、自分!
そんな子に育てた覚えはありません!!
パニックに陥り、一人でツッコんだ。脳内で。


「ふむ、面白い質問をしますねぇ」
「え、そうですか?あははは…」
「失礼。興味深い、という意味です」
「あ、なるほど」
私は珍獣みたいな扱いなんですか。
この野郎。
くっ、卑怯だ…!
こんな整った顔立ち、日本じゃお目にかかれないから、免疫なくて困るじゃないか。
「なぁ、リク?こんなとこで話してたくないよなぁ?」
「へっ?出来れば座らせてもらいたいですけど…」
「だよな!よっし、ジェイド!今日の仕事は、全部キャンセルしろ」
えぇ?!ちょ、待ってよ。仕事キャンセルって、一応一番偉い人っぽいのに。
そんなの許されないでしょ!?
「陛下。それは無理です。第一、昨日の仕事もまだ残っているんですよ?」
「あのなぁ、ジェイド。こんな可愛い女性を放って、仕事なんか出来ると思うのか?」
「してください。してくれなければ困ります」
意味の分からない理屈を並べ立てては、何とか仕事から逃れようとしている。
仕事が嫌いなのは分かるけれども、それはマズイだろうと思う。
しかも、その原因の一端は自分にあるらしいのだ。
見過ごして、部外者気取りは出来ない。
テンポよく続く彼らの会話に、思い切って入ることにした。

「だいたい、この間も会議を抜け出したでしょう!真面目にやってくれなければ困ります」
「あの時は、必要なものに全部判を押したあとだっただろ!」
「ストップ!!二人とももう、胸張って若い!って言える歳ではないのですから。もう少し落ち着いてください」
無理矢理間に入れば、二人の会話はピタッと止んだ。
よかった、これで話を聞いてもらえる。
「俺ら、何歳に見える?」
「へ…?」
ここはどこなのか教えて欲しいと頼む前に、がしっと肩を掴まれて。
中途半端に開いた口からは、間抜けな声が漏れた。
「いいから。何歳に見える?」
突然の質問に頭が混乱して、ジェイドを見上げる。
すると彼も答えるように促していて。
首を傾げつつ、口を開いた。
「外見は20代半ばに見えますけど、実年齢は34歳くらいに見えます」
こんなこと言って失礼なだけじゃないのか、とも思ったが。

「すげぇな」
「えぇ。実年齢を当てたのは、あなたが初めてですよ」
「ありがとうございます…?」
妙に感心されて、それでも褒められていることは分かり、お礼を言った。
「ますます気に入った!来い!いいところに案内してやるよ」
「ちょ、陛下!仕事はどうなさるおつもりで?」
「うるさいぞ、ジェイド。お前こそ、興味津々なくせに」
ピオニーは勝ち誇ったように笑って、リクの手を引っ張った。
突然のことで驚いたのか、リクは転びそうになりながらもついていく。
それを見てジェイドは溜め息を吐き、自分もあとを追った。

「適当に座れ。あ、俺の隣でもいいぞ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
連れて来られた部屋は、たくさんの本と書類に占領され、それでもスペースがあまるほど広いところだった。
この建物の中に入ってから完全に挙動不審者だった陸は、部屋に入っても変わることはなかった。
「そんなに珍しいものでもあるのか?」
「え、それこそ全部ですよ!訳の分からない文字ばっかりだし」
「俺には見飽きた部屋だがなぁ」
興奮したように言うリクに、わざと大げさに溜め息を吐いてみせる。
しかし顔は笑っていて、冗談で言っているということがまる分かりだった。

「何処に行くのかと思えば、何で人の執務室を選ぶんですか」
はぁ、とこちらは本気の溜め息を吐いて、二人を見やる。
「なんだよ、丁度いい場所だろ?お前まさか、謁見の間にでも通すつもりだったのか?」
「そういうわけではありませんが。我が物顔で座られているのが、腹立たしいだけです」
「あっ、ごめんなさい!」
ジェイドの言葉に、バッと立ち上がった。
ここがジェイドの仕事場だというなら、無駄に居続けては邪魔になってしまう。
そんなことにも気が付かないなんて。
そうだ、隅に行こう!と思い足を踏み出すと、ソファに逆戻りしてしまった。
「リクはいいんです。邪魔なのはあなたですよ、陛下」
腰!腰に手が回ってますってば!!ジェイドさん?!
「あっ、ずるいぞ!リクを独り占めしようってったってそうはいくか!」
「ここは私の執務室です。文句お有りなら、どうぞ帰ってくださって構いませんよ?」

あぁ、また始まったよ。
だいたい独り占めってなんなのさ。訳が分からない。
あ、でもこのソファ気持ちいいや…。
眠いなぁ……。
二人は放っておいていいよね。だって、仲良さそうなんだもん。
いいや、寝ちゃえ。疑問は起きてからにしよう。
少しだけジェイドに寄りかかるようにして、陸は目を閉じた。

「は、ここ…どこ?」
だって、確かにさっきまで登校中だったのに。
ねぇ、ホントに。誰か説明してよ。分からないよ。
「もーーっ!どこよ、ここーーー!」

気が付いたら、知らない街って。
だってこんな風景、日本じゃないの丸分かりだし。
外国なんか、行ったことないから分かんないし。
でも見たことなんか、ないって。自分がいた場所じゃないって、頭の隅で囁かれた。
周りの人間は、ジロジロ無遠慮に見てくる。見物料をとりたいくらいに。
その中にいるなんて、耐えられなくって、陰のある場所を探して走った。

気が付いたら、大きな滝の真ん前にいて、そこに生えてる木に隠れた。
下に何もないことを確認して、座り込む。
自分の身体を確認するように見ても、何の変化もない。でも、ここは日本じゃなくて。
格好も、学校指定の制服を着崩したもので。ナチュラルメイクが施された顔もそのままで。
それでも、ここはコンクリートジャングルじゃない。車もバイクも、自転車だって走ってない。
鞄を漁ってみると、中身はそのままだった。
そうだ、今日は英語のテストがあったんだ。勉強するために、早く行こうと思って。
そしたら、いつもの道に変な張り紙があって。
時間も余裕だったから、好奇心でそっちのほうに行って。

『あなたは、この世界がすきですか?きらいですか?』

下らない世界なんかどうでも良かったから、『きらい』に進んで。

『違う世界に、行ってみたいですか?新しく、始めたいですか?その勇気はありますか?』

その問いに、自信なんか持てなかったから、来た道を引き返そうとしたら。
こんな有様だ。ざまぁない。寄り道なんか、しなければ良かった。
そんなこと言っても遅いけど。それでも。
「こんなの、あんまりでしょーー!?」
そう、叫んだ。

「うるさい人ですねぇ。少しは、静かにすることを覚えたらどうですか?」
「はい?」
声がして、ばっと振り返ると、青い人が立っていた。いつからいたんですか、あなた。
「ふむ、この辺では見ない格好ですねぇ。…どこから来たんですか?」
す、としゃがむと私に目線を合わせてきた。綺麗な顔が、間近にある。
目が赤い。寝不足?それとも乾燥眼?大変だなぁ。
「あ、目薬使いますか?」
「は?」
鞄から目薬を取り出して、手渡す。万能タイプだから、花粉症の人でも使えて便利なんだよね。
綺麗な顔の男性は、渡した目薬を物珍しそうに見つめている。
見たことないのかな。変なの。誰だって、目薬で痛い目見るのが通り道なのに。

「うぉーい、ジェイドー?……あぁ、いたいた。って、お前、誰?」
今度は逆方向から、金髪の男が寄ってくる。ジェイドっていうのは、多分、この人のことだ。
「陛下。ちょっと、おもしろいものを見つけまして」
「陛下?」
陛下って、あの超偉い人?この軽そうな金髪が?うっそぉ。
「面白いものって、こいつのことか?お前、名前は?」
「や、あの。名前を聞くときは、自分からどうぞ」
「へ?あぁ、そうか。そうだよな。俺はピオニー・ウパラ・マルクト九世だ」
一瞬呆けた顔をされて、そのあと笑われた。それに、少しだけ眉間に皺が寄ったが、慌てて揉み解した。
「あ、相原 陸です。ん?リク・アイハラかな」
やっと名乗れたよ、自分の名前。こんなに遅くて大丈夫なの?
「リク・アイハラか。聞いたことねぇなぁ。ま、よろしくな!リク」
手を差し出され握り返すと、ぐん、と引っ張られた。その反動で、ピオニーに抱きつく格好になってしまった。
「うぉ、すっげ軽いな」
「…陛下、セクハラで訴えられますよ?」
抱きしめられ、じたじたもがいていた私を見てか、さっきの赤い目の人は言った。

「いやいや、これは不可抗力だろ。なぁ、リク?」
「や、ちょっ!離していただけると助かるのですが…っ」
急に親しくなったピオニーに、陸はかなり焦った。
だって、日本じゃこんなの彼氏と以外考えらんないもん!
そうしてやっと解放され、私は何とか息が出来るようになった。ひゃー…顔が熱いよぉ。
「リク、でしたよね?私は、マルクト帝国軍第三師団団長ジェイド・カーティス大佐です」
「あ、長い肩書きですね。ええと、カーティスさん?」
「ジェイド、でいいですよ」
にこ、と微笑まれ何だか断れなかった。すると、
「俺も!俺も、ピオニーでいいぜっ」
と、なぜか張り合うように言ってきた。いや、あなた。陛下じゃなかったんですか?

ん、あれ?ちょっと待って。
陛下?マルクト帝国軍?大佐?
そんなの、聞いたことないよ。滅多に耳にしないよ。
さっき、なんだか自己完しちゃったけども。あれあれ、待てよ。落ち着け落ち着け。
「どうかしたんですか、リク?」
ひょい、と顔を覗き込まれる。あぁ、背高いな!もう!

「あの、今更なんですけど……。ここ、どこですか?」



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