×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
※名前変換機能がないため、デフォルト表示です※
「努力の結晶が…せっかく成功したのに……」
その場にへたり込んで、惨めな姿の球体を撫でまわす。
ビスは外れ半分が床に埋まり、胴を支える太い足は周囲に転がっている。
操縦席は辛うじて原型を止めているものの、唯一の扉は壁ぎわで動かない。
故障時特有の臭いもまた、物悲しい。
ブツブツと呪咀のように独り言をもらすその様は、不気味だった。
誰も近寄らない。いや、近寄れないのだ。
女はふらふら立ち上がり、周囲に散った残骸を拾い集めだした。
ひとつ拾うたびに何事か呟く。
蹴り飛ばし壁にヒビを入れた扉らしきものも、引きずりながら球体のもとへ。
生気の無い目で本体を起こしにかかったとき、ふと床に目がいった。
さっきもめた時に落としたのだろうか。
少し躊躇ってからそれを手に取り、女のもとに歩を進めた。
「なぁ、これあんたのだろ?」
「………えぇ?」
「落ちてたぜ。ホラ」
そう言って焼き鏝に似たものを手渡した。
ガイが音機関いじりをしていたときに見たことがある。
へんてこなコードはなかったけれど。
「……ありがとう。えーと、」
「ルーク。ルーク・フォン・ファブレだ」
よろしくな。
手を差し出すと女は、リクと名乗った。
作業用と思わしきゴーグルをつけたままで、服は油で汚い。
髪はボサボサで手は黒に染まっていた。
けれど、笑った顔は明るかった。
「なあ、もしかしてソレ直す気か?」
「うん…壊れたら修理してあげなきゃ…」
「此処で?」
「うん…此処で……、え?」
「謁見の間では無理だろ」
そこまで言って、リクは周囲を見回した。
此処は自分のサンクチュアリ、もとい、作業場ではない。
理解して、ぎこちなくルークをみた。
その後ろに蜂蜜色の長髪美人。
………般若かと思ったけれど。
「やぁっと状況が理解できたようですねぇ?不法入国さん」
「う……すみません」
「まさか、警護兵に怪我を負わせる程の力があるとは思いませんでしたが」
「え?怪我っ!?」
「もう治療済みです。全治2、3週間というところでしょうか」
全治2、3週間。その言葉にさっと青ざめた。
大怪我を負わせた。それはいけないことだ。
いくらウィングバッグに手が加えられそうだったとしても。
完全に固まってしまった不審者、リクの眼前で手を振るがそれは無意味だった。
面倒な女だと思い、わざとらしく深いため息を吐く。
「あんまりバカ面下げていると、蹴り飛ばしますよ?」
「ご、ごめんなさい!」
「おいジェイド!」
薄汚れた顔の前にニーハイブーツの裏を見せる。
脅すように軽く振れば弾けたように立ち上がった。
「ともかく、その譜業はこちらで預かります。解体したりしませんのでご心配なく。あなたは取り調べを受けて頂きます」
任意ではありませんよ。
飛びっきりの笑顔で言い渡された死刑宣告にも似たそれは、この後の苦悩の始まりだった。
「努力の結晶が…せっかく成功したのに……」
その場にへたり込んで、惨めな姿の球体を撫でまわす。
ビスは外れ半分が床に埋まり、胴を支える太い足は周囲に転がっている。
操縦席は辛うじて原型を止めているものの、唯一の扉は壁ぎわで動かない。
故障時特有の臭いもまた、物悲しい。
ブツブツと呪咀のように独り言をもらすその様は、不気味だった。
誰も近寄らない。いや、近寄れないのだ。
女はふらふら立ち上がり、周囲に散った残骸を拾い集めだした。
ひとつ拾うたびに何事か呟く。
蹴り飛ばし壁にヒビを入れた扉らしきものも、引きずりながら球体のもとへ。
生気の無い目で本体を起こしにかかったとき、ふと床に目がいった。
さっきもめた時に落としたのだろうか。
少し躊躇ってからそれを手に取り、女のもとに歩を進めた。
「なぁ、これあんたのだろ?」
「………えぇ?」
「落ちてたぜ。ホラ」
そう言って焼き鏝に似たものを手渡した。
ガイが音機関いじりをしていたときに見たことがある。
へんてこなコードはなかったけれど。
「……ありがとう。えーと、」
「ルーク。ルーク・フォン・ファブレだ」
よろしくな。
手を差し出すと女は、リクと名乗った。
作業用と思わしきゴーグルをつけたままで、服は油で汚い。
髪はボサボサで手は黒に染まっていた。
けれど、笑った顔は明るかった。
「なあ、もしかしてソレ直す気か?」
「うん…壊れたら修理してあげなきゃ…」
「此処で?」
「うん…此処で……、え?」
「謁見の間では無理だろ」
そこまで言って、リクは周囲を見回した。
此処は自分のサンクチュアリ、もとい、作業場ではない。
理解して、ぎこちなくルークをみた。
その後ろに蜂蜜色の長髪美人。
………般若かと思ったけれど。
「やぁっと状況が理解できたようですねぇ?不法入国さん」
「う……すみません」
「まさか、警護兵に怪我を負わせる程の力があるとは思いませんでしたが」
「え?怪我っ!?」
「もう治療済みです。全治2、3週間というところでしょうか」
全治2、3週間。その言葉にさっと青ざめた。
大怪我を負わせた。それはいけないことだ。
いくらウィングバッグに手が加えられそうだったとしても。
完全に固まってしまった不審者、リクの眼前で手を振るがそれは無意味だった。
面倒な女だと思い、わざとらしく深いため息を吐く。
「あんまりバカ面下げていると、蹴り飛ばしますよ?」
「ご、ごめんなさい!」
「おいジェイド!」
薄汚れた顔の前にニーハイブーツの裏を見せる。
脅すように軽く振れば弾けたように立ち上がった。
「ともかく、その譜業はこちらで預かります。解体したりしませんのでご心配なく。あなたは取り調べを受けて頂きます」
任意ではありませんよ。
飛びっきりの笑顔で言い渡された死刑宣告にも似たそれは、この後の苦悩の始まりだった。
PR
※名前変換機能がないため、デフォルトになります※
西暦2xxx年 春 日本
「ふっ………ついに出来たわ」
深夜一時をまわる頃、呟くような声が部屋に響く。
バンッ、と大きな音ととも作業着に身を包んだ人間が、肩を震わせながら現れた。
服も頬も汚れボサボサの髪の毛は手入れという言葉を知らぬ程。
周囲に散乱した専用工具類の中央には、ひと一人乗れるくらいの大きな球体が鎮座していた。
「これがあれば空飛ぶ兵器なんかに乗らずとも、海外へ行ける…」
ふふふ…
若干、別次元へ飛んでいった意識で操縦席へ座る。
爛々と輝いた目で最終確認を行う。
不法侵入で捕まらぬよう、パスポートを忍ばせる。
日本円をいくらか持ち、少しの携帯食料と水を一本。
あとはその身一つ。語学も大体極めたから問題ない。
シートベルトを締め、青く光るボタンに触れる。
「さぁ…いくわよ……」
そのスイッチがいままでの生活に終止符を打ち
新たな始まりになろうとは――
胸を高鳴らせる彼女は知る由もなかった
ガ、ガンッ ドゴーン
壮麗たる滝を背景に、厳かな雰囲気に包まれている謁見の間。
敵国キムラスカの王族二名が、マルクト皇帝と顔を突き合わせている。
マルクト領土内にあるセントビナーが、崩落の危機に晒されているのである。
原因を作った贖罪と、純粋に住民を助けたいという気持ち。
戦争回避という重大任務を背負い、新たに和平を結ぶべく再出発をしようとしていた。
その時だ。冒頭のような不釣り合いな爆音が響いたのは。
ついさっきまで何もなかった空間に、突然足付きの球体が現れたのだ。
驚きのあまり誰も動けない。
灰色の煙が隙間から洩れ、内側から鉄を蹴る音が響く。
5、6回鈍い音が鳴ったあと、ゴシャッと扉が吹っ飛んだ。
そこに人がいなかったのが幸いだった。
ストレートに飛ばされたそれは壁にぶつかりヒビを生んだ。
「おっかしいな~。着陸もしっかり計算したのに……」
頭部を掻きながら捻った首を治そうと、そこをマッサージする。
眩しい外に目を細めきょろきょろと周囲を確認する。
見慣れぬ顔の作り。見慣れぬ服装。見慣れぬ建物。
これはまさに。
「ぃやったぁーッ!ついに夢が叶ったーぁ!!」
バンザイをしてガッツポーズを決める。
ここがどの国だろうと、日本でないのは間違いない。
それだけで今までの努力が報われたというものだ。
「で、えーと…ここはどこだ?」
服装、は結構特殊みたい。身軽に動けるようなぴったりとした格好だ。
髪の色はカラフルで訝しげにわたしを見ている。
改めて自分の姿を見下ろすと、酷かった。 そういえば風呂にもろくに入ってないっけ。
ぐるりと人々を見渡して、一番話し掛けやすそうな赤髪に近づく。
「ねぇ、悪いんだけどさ。此処がどの国だか教えてくれる?」
「え、俺?」
「うん。あ、もしかしてキミも分かんなかったりする?」
「いや、わかるけど…おまえ誰?」
「わたし?わたしは……」
名乗りかけて、突き付けられた刃物に黙った。
赤髪の彼と距離が離れ、代わりに青に取り囲まれた。
手にあるのは槍や剣だ。いずれも首元に突き付けられている。
「あのー…?わたしまだ何もしてないんですが」
一応、顔の横に手をあげ何もしないよという意志を示す。
示したが、それは全くの無意味だった。
「誰の手の者だ。ヴァンか?大詠師モースか?それとも…」
「は?ちょ、い待って!身分証明ならホラ」
蜂蜜色の長髪男(…だよね?)の殺意の含んだ視線に怖気づきそうになりながら、ポケットのパスポートを投げる。
左手でキャッチしたそれを開き視線を落とされる。
眉間によった皺が、訝しげなそれが驚きに、研究者の表情に変わっていく。
同類の勘だ。
「…陛下。すみませんが一室お借りしてもよろしいですか?」
「あ、あぁ。構わん」
「ありがとうございます。―連れていきなさい」
「はっ」
「は?や、ちょ、離せー!って、それに触るなぁッ」
長い年月を掻け、幾度も失敗を繰り返し。
丹精込めて造り上げた愛着のあるウィングバッグを、ぞんざいに扱われてたまるか。
態勢を低くし武装集団の間をすり抜け、腰に手を掛ける。
備えつけの小道具バッグから小振りなハンマーを取り出す。
触れようとしたおそらく男の肋骨辺りを思いっきり、殴った。
突き付けられた刃物にビビっていた女とは思えない。
「わたしがどれだけ苦労してウィングバッグを造ったと思っている!壊れでもしたらどう責任を取るつもりなんだっ」
「心配せずともそれはもう壊れてますよ」
「………あーーーッ!!」
気づくのおせーよ。
奇しも、この場にいる全員の心の声が一致した瞬間であった。
部屋の中央で放心状態に陥っているたった一人を除いて。
西暦2xxx年 春 日本
「ふっ………ついに出来たわ」
深夜一時をまわる頃、呟くような声が部屋に響く。
バンッ、と大きな音ととも作業着に身を包んだ人間が、肩を震わせながら現れた。
服も頬も汚れボサボサの髪の毛は手入れという言葉を知らぬ程。
周囲に散乱した専用工具類の中央には、ひと一人乗れるくらいの大きな球体が鎮座していた。
「これがあれば空飛ぶ兵器なんかに乗らずとも、海外へ行ける…」
ふふふ…
若干、別次元へ飛んでいった意識で操縦席へ座る。
爛々と輝いた目で最終確認を行う。
不法侵入で捕まらぬよう、パスポートを忍ばせる。
日本円をいくらか持ち、少しの携帯食料と水を一本。
あとはその身一つ。語学も大体極めたから問題ない。
シートベルトを締め、青く光るボタンに触れる。
「さぁ…いくわよ……」
そのスイッチがいままでの生活に終止符を打ち
新たな始まりになろうとは――
胸を高鳴らせる彼女は知る由もなかった
ガ、ガンッ ドゴーン
壮麗たる滝を背景に、厳かな雰囲気に包まれている謁見の間。
敵国キムラスカの王族二名が、マルクト皇帝と顔を突き合わせている。
マルクト領土内にあるセントビナーが、崩落の危機に晒されているのである。
原因を作った贖罪と、純粋に住民を助けたいという気持ち。
戦争回避という重大任務を背負い、新たに和平を結ぶべく再出発をしようとしていた。
その時だ。冒頭のような不釣り合いな爆音が響いたのは。
ついさっきまで何もなかった空間に、突然足付きの球体が現れたのだ。
驚きのあまり誰も動けない。
灰色の煙が隙間から洩れ、内側から鉄を蹴る音が響く。
5、6回鈍い音が鳴ったあと、ゴシャッと扉が吹っ飛んだ。
そこに人がいなかったのが幸いだった。
ストレートに飛ばされたそれは壁にぶつかりヒビを生んだ。
「おっかしいな~。着陸もしっかり計算したのに……」
頭部を掻きながら捻った首を治そうと、そこをマッサージする。
眩しい外に目を細めきょろきょろと周囲を確認する。
見慣れぬ顔の作り。見慣れぬ服装。見慣れぬ建物。
これはまさに。
「ぃやったぁーッ!ついに夢が叶ったーぁ!!」
バンザイをしてガッツポーズを決める。
ここがどの国だろうと、日本でないのは間違いない。
それだけで今までの努力が報われたというものだ。
「で、えーと…ここはどこだ?」
服装、は結構特殊みたい。身軽に動けるようなぴったりとした格好だ。
髪の色はカラフルで訝しげにわたしを見ている。
改めて自分の姿を見下ろすと、酷かった。 そういえば風呂にもろくに入ってないっけ。
ぐるりと人々を見渡して、一番話し掛けやすそうな赤髪に近づく。
「ねぇ、悪いんだけどさ。此処がどの国だか教えてくれる?」
「え、俺?」
「うん。あ、もしかしてキミも分かんなかったりする?」
「いや、わかるけど…おまえ誰?」
「わたし?わたしは……」
名乗りかけて、突き付けられた刃物に黙った。
赤髪の彼と距離が離れ、代わりに青に取り囲まれた。
手にあるのは槍や剣だ。いずれも首元に突き付けられている。
「あのー…?わたしまだ何もしてないんですが」
一応、顔の横に手をあげ何もしないよという意志を示す。
示したが、それは全くの無意味だった。
「誰の手の者だ。ヴァンか?大詠師モースか?それとも…」
「は?ちょ、い待って!身分証明ならホラ」
蜂蜜色の長髪男(…だよね?)の殺意の含んだ視線に怖気づきそうになりながら、ポケットのパスポートを投げる。
左手でキャッチしたそれを開き視線を落とされる。
眉間によった皺が、訝しげなそれが驚きに、研究者の表情に変わっていく。
同類の勘だ。
「…陛下。すみませんが一室お借りしてもよろしいですか?」
「あ、あぁ。構わん」
「ありがとうございます。―連れていきなさい」
「はっ」
「は?や、ちょ、離せー!って、それに触るなぁッ」
長い年月を掻け、幾度も失敗を繰り返し。
丹精込めて造り上げた愛着のあるウィングバッグを、ぞんざいに扱われてたまるか。
態勢を低くし武装集団の間をすり抜け、腰に手を掛ける。
備えつけの小道具バッグから小振りなハンマーを取り出す。
触れようとしたおそらく男の肋骨辺りを思いっきり、殴った。
突き付けられた刃物にビビっていた女とは思えない。
「わたしがどれだけ苦労してウィングバッグを造ったと思っている!壊れでもしたらどう責任を取るつもりなんだっ」
「心配せずともそれはもう壊れてますよ」
「………あーーーッ!!」
気づくのおせーよ。
奇しも、この場にいる全員の心の声が一致した瞬間であった。
部屋の中央で放心状態に陥っているたった一人を除いて。
金髪の人がピオニー陛下で、茶髪の軍人がジェイドという名前だそうで。
さっき外で言ったでしょう?と馬鹿にされました。
パニック状態で分からなかったんですよ。すみませんね!
「あの、ところで結局此処はどこですか?」
やっと嫌味を聞き終え、なんとなく向かいの一人掛けソファに座り直した。
目の前に美形がいると眩しくて直視出来ませんね、これは。
「あなたの質問に答える前に、こちらからも聞きたいことが」
「あ、はい。なんですか?」
「あなたの生まれた国はどこですか?」
「……日本ですけど」
そう言ったらピオニーだけ首を傾げた。ジェイドの表情は変わらずで。
多分外国なんだろうけど、聞いたことない国だったらどうしよう。
不法滞在で捕まりたくはないなぁ…
「ニホン、ですか」
「知ってるんですか?」
「いえ全く。…マルクト、キムラスカ、グランコクマ、バチカルの中で聞いたことのあるものは?」
あー完全に知らないとこに来ちゃったわ、これ。
地理弱かったんだよね、あたし…
「って、地図あるじゃん!」
「地図?」
「あっ、ここ日本です…けどマルクトとかはないですねぇ…」
友達に借りたままの世界地図があってよかった。
でも索引探してもマルクトなんてないんだよね…。地図にもない小国なのかな?
まぁこれを見たことないわけは無いよね!頭良さそうだし!
「うっわ、なんだこれ。初めて見るな…つーかなんて書いてあんだ?」
「へ?」
「私も初めて見ましたよ」
「え?」
待って待って。教養ありそうだと思ったのは気のせい?
だって英語でも小さくだけど書かれてるのに。
「言っておきますが、一般教養以上のものは二人とも身についてますよ」
「ですよね」
っていうか心読まれた!?こんな顔してエスパーだったの?
「失礼な人ですね。まぁいいですが、どうやらリクはこの世界の人間ではなさそうです」
「「えぇ?」」
あ、ハモった。
「ジェイドが壊れた!こいつがそんなファンタジックなこと言うなんてっ」
って、そっちかい!
「壊れてません。その方がつじつまが合うし楽なんですよ。
服の材質も違うようですし、リクはフォニック語も読めないみたいですから。
それに先程貰った目薬からは、フォニムが感じられませんでした。
言葉は通じるようですが、私も彼女の国の文字は読めませんでしたし」
「「なるほど」」
「…それにキムラスカの密偵だとしても、こんな間抜けな人間を寄越すはずありませんし」
………嫌味だ。
美形だからってなんでも許されると思うなよ!
かっこいいけど!
「そんで?こいつどうするんだ?」
「そうですねぇ」
突然矛先が向けられ、どうなるんだろう、と他人事のように思った。
「…ま、私が悩んだところでもう決めているんでしょう、陛下」
「おう!」
「決めてるって…?」
聞き返せば、にかっと笑った。
うわ、その笑顔やばいよ。キュンとしちゃったじゃん!
「俺の庇護下に置いてやるよ。安全も生活も保障出来るぜ」
「……はぁ」
「んだよ、その気のない返事~」
気のない返事と言われても。なにがなんだか分かるような分かんないような…
庇護下って確かピオニーって陛下だったよね。一番偉い人だよね。
そんな簡単に決めていいものじゃないよねぇ…
人間一人生活させるのがどれだけ大変かは知ってるつもりだし。
「えーと、有り難いのですが」
「お断りしますってか?だーめ。
そんなのこっちがお断りだっつの」
「や、でも」
「それなら、リクはどうやってこの世界で生きて行くつもりですか?
会話は出来ても文字の読み書きも出来ない、お金もない。
何より身寄りがいない。
そんな状態では野垂れ死にするだけですよ」
「分かってますけど…」
「あー!だって、も、でも、も、だけど、も禁止!
リクは素直に俺らに甘えてればいーの。
皇帝命令だ。分かったな」
命令って…。
でもどうしよう。確かにジェイド(さん)の言う通りなんだよね。
……ここで分かりませんって
「分かりませんなんて言ったら、お仕置き、ですよ?」
「う…」
そんな胡散臭いくらいの満面笑顔で言わないでっ!
なんかもの凄く恐い、じゃない怖い!
あー…もう観念してしまおうかな
「…、…あったか…い」
え?暖かい?なんで?だってベッドに入ったんだから、もう朝のはずだよね。
確かに起きたんだけどなぁ…。あれは夢?
早く学校行って英語の勉強しようと…
「もしかして寝坊した!?」
そう声に出してベッドから跳ね起きた。と思った。
「……え?」
目を開けてまず最初に入ったのは、自分の膝にある金髪。
続いて右側の温もりと、青くボタンの多い軍服。その人の手は陸の腰に回っている。
上手く頭が機能しない。
此処何処ですか。というかこの人たちは誰ですか。
しかもこの状況じゃ動くに動けない。
唯一自由な頭を動かして、とりあえず時間を確認しようとした。
のだけど。
「ナニゴデスカ、アレ…」
見つけた時計には奇怪な文字が綴られていた。
全く読めなかったが、見慣れている数字を適当に当て嵌めて3時ということにした。
……3時って!!
だって朝…、え?学校に行く途中だったのに!むしろあれが夢?
あ、駄目だ。わかんなくなってきたよ。
「ん~~っ」
その声に陸は身動きを止め、自分の膝にいる人物を見る。
彼は器用に寝返りを打ち陸に擦り寄った。
無邪気としか言いようが無いその寝顔に、思わず笑みが浮かぶ。
なにこの可愛い顔!!
褐色の肌が健康そのもので子供っぽい印象を受けるが、手や喉は男だった。
なんとなく頬を撫でると、男性とは思えない程ツヤツヤで羨ましい。
髪の毛も綺麗だし。
くすぐったそうに身をよじるから面白かった。
暫くそうしていると、首に何かが触れた。
なんだろう、と振り返ると目の前に顔があった。
しかも飛び切り美人の。 思わず目を擦って現実のものか確かめてしまう。
膝の彼とは対象的に雪のように真っ白な顔で、不健康にみえる。
綺麗、とか美人という言葉が似合う人だ。
男がこんな美人だと不公平な気がしてならない。
肩にかかる茶髪のそれは傷みが全く無かった。
つい、一束手にとってまじまじと見つめてしまう。
コンディショナーは何を使っているんだろう。
というかどんな手入れをしたらこうなるの?
切実に教えてよ。
ぱっ、と手を離すと、茶髪の彼と目が合った。
「私に見惚れていましたか?」
「え、うん。いや、はい」
反射的にそう返すと驚いたような顔をされ、そのあと微笑んだ。
わー美人、と心の中で感動しそのあとふと我に返った。
「開口一番にそれって珍しいですね」
だって自分よりも遅く起きたのに。
さらっとキザな台詞を言えちゃうなんて日本人には考えられないよ。
「…面白い人ですねぇ、リクは」
髪を触りながら、頬を撫でられる。
まさに神業だった。だってごく自然にそういうことが出来るんだもん。
そうして気付く。お互いの距離が近いことに。
それを意識した瞬間、顔が真っ赤になって勢いよく離れた。
途端に、膝の上から金髪の彼が転げ落ちる。鈍い音がした。
「いて…ぇ」
「あっ、ごめんなさい!」
「頑丈ですから平気ですよ」
ソファから落ちないように身を乗り出して、床にいる彼に声をかける。
すると起き上がってくれたのでほっとした。んだけど。
痛い、を連発しながら頭を擦っている。
「大丈夫ですか?!どこ当たりましたか?」
「へ?」
体勢そのまま彼の頭を掴んで、ぐいっと引き寄せる。
後頭部に触れて感覚で確かめても、一応こぶらしきものはなかった。
良かったぁ。怪我してたらどうしようかと思ったよ。
ほっと息を吐くと、目の前にある眼に凝視されていた。綺麗な蒼だ。
「きれー」
「…いや、俺はいいんだが。なんか近くないか、リク?」
なんで自分の名前を彼らが知っているんだろうと思いつつも、彼の言葉の意味を考える。
近い?そーいえば顔全体が辛うじて見える状態だけど…。
「キスでもするつもりですか?」
「!」
その言葉を理解して、軍人さんにした様に勢いよく離れる。
顔には再び熱が集まっていた。
ひ~、熱いよぉ!
ていうか大胆すぎでしょ、自分!
そんな子に育てた覚えはありません!!
パニックに陥り、一人でツッコんだ。脳内で。
「ふむ、面白い質問をしますねぇ」
「え、そうですか?あははは…」
「失礼。興味深い、という意味です」
「あ、なるほど」
私は珍獣みたいな扱いなんですか。
この野郎。
くっ、卑怯だ…!
こんな整った顔立ち、日本じゃお目にかかれないから、免疫なくて困るじゃないか。
「なぁ、リク?こんなとこで話してたくないよなぁ?」
「へっ?出来れば座らせてもらいたいですけど…」
「だよな!よっし、ジェイド!今日の仕事は、全部キャンセルしろ」
えぇ?!ちょ、待ってよ。仕事キャンセルって、一応一番偉い人っぽいのに。
そんなの許されないでしょ!?
「陛下。それは無理です。第一、昨日の仕事もまだ残っているんですよ?」
「あのなぁ、ジェイド。こんな可愛い女性を放って、仕事なんか出来ると思うのか?」
「してください。してくれなければ困ります」
意味の分からない理屈を並べ立てては、何とか仕事から逃れようとしている。
仕事が嫌いなのは分かるけれども、それはマズイだろうと思う。
しかも、その原因の一端は自分にあるらしいのだ。
見過ごして、部外者気取りは出来ない。
テンポよく続く彼らの会話に、思い切って入ることにした。
「だいたい、この間も会議を抜け出したでしょう!真面目にやってくれなければ困ります」
「あの時は、必要なものに全部判を押したあとだっただろ!」
「ストップ!!二人とももう、胸張って若い!って言える歳ではないのですから。もう少し落ち着いてください」
無理矢理間に入れば、二人の会話はピタッと止んだ。
よかった、これで話を聞いてもらえる。
「俺ら、何歳に見える?」
「へ…?」
ここはどこなのか教えて欲しいと頼む前に、がしっと肩を掴まれて。
中途半端に開いた口からは、間抜けな声が漏れた。
「いいから。何歳に見える?」
突然の質問に頭が混乱して、ジェイドを見上げる。
すると彼も答えるように促していて。
首を傾げつつ、口を開いた。
「外見は20代半ばに見えますけど、実年齢は34歳くらいに見えます」
こんなこと言って失礼なだけじゃないのか、とも思ったが。
「すげぇな」
「えぇ。実年齢を当てたのは、あなたが初めてですよ」
「ありがとうございます…?」
妙に感心されて、それでも褒められていることは分かり、お礼を言った。
「ますます気に入った!来い!いいところに案内してやるよ」
「ちょ、陛下!仕事はどうなさるおつもりで?」
「うるさいぞ、ジェイド。お前こそ、興味津々なくせに」
ピオニーは勝ち誇ったように笑って、リクの手を引っ張った。
突然のことで驚いたのか、リクは転びそうになりながらもついていく。
それを見てジェイドは溜め息を吐き、自分もあとを追った。
「適当に座れ。あ、俺の隣でもいいぞ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
連れて来られた部屋は、たくさんの本と書類に占領され、それでもスペースがあまるほど広いところだった。
この建物の中に入ってから完全に挙動不審者だった陸は、部屋に入っても変わることはなかった。
「そんなに珍しいものでもあるのか?」
「え、それこそ全部ですよ!訳の分からない文字ばっかりだし」
「俺には見飽きた部屋だがなぁ」
興奮したように言うリクに、わざと大げさに溜め息を吐いてみせる。
しかし顔は笑っていて、冗談で言っているということがまる分かりだった。
「何処に行くのかと思えば、何で人の執務室を選ぶんですか」
はぁ、とこちらは本気の溜め息を吐いて、二人を見やる。
「なんだよ、丁度いい場所だろ?お前まさか、謁見の間にでも通すつもりだったのか?」
「そういうわけではありませんが。我が物顔で座られているのが、腹立たしいだけです」
「あっ、ごめんなさい!」
ジェイドの言葉に、バッと立ち上がった。
ここがジェイドの仕事場だというなら、無駄に居続けては邪魔になってしまう。
そんなことにも気が付かないなんて。
そうだ、隅に行こう!と思い足を踏み出すと、ソファに逆戻りしてしまった。
「リクはいいんです。邪魔なのはあなたですよ、陛下」
腰!腰に手が回ってますってば!!ジェイドさん?!
「あっ、ずるいぞ!リクを独り占めしようってったってそうはいくか!」
「ここは私の執務室です。文句お有りなら、どうぞ帰ってくださって構いませんよ?」
あぁ、また始まったよ。
だいたい独り占めってなんなのさ。訳が分からない。
あ、でもこのソファ気持ちいいや…。
眠いなぁ……。
二人は放っておいていいよね。だって、仲良さそうなんだもん。
いいや、寝ちゃえ。疑問は起きてからにしよう。
少しだけジェイドに寄りかかるようにして、陸は目を閉じた。